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Edmond Petitエドモン・プティについて

1872年7月1日創業、パリの生地メゾン「エドモン・プティ」は、フランス国内でハイエンドな生地を作り続けている、フランスで最も古い生地メーカーの1つです。

2000年、「エドモン・プティ」は、1762年創業のフランス王室専属生地メーカーであったメゾン「アモ」のオリジナルデザイン版を買収し、今日では、そのフランス史に残る歴史的ピースの生地を作り続けています。

また、「エドモン・プティ」は、アーティスト キャサリン・グランとのコラボレーション作品を発表したり、フランス人室内装飾家マドレーヌ・カスタンのオリジナルデザイン版を使用した生地や壁紙など、幅広いジャンルの作品を発表し続けています。

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Edmond Petit(エドモンプティ)のロゴ
Portrait of Désiré Petit creator of an interior fabric business
Photo of the street of the historic Edmond-Petit showroom at 23 rue du mail in Paris in the 2nd arrondissement

LA MAISON EDMOND PETIT
メゾン 「エドモン・プティ」

1850年、デシレ・プティはパリにインテリアファブリック取り扱うブティックを設立しました。1872年7月1日、彼の息子であるアルバートと共同設立したこの会社は、フランス国内のみで作られた高級インテリアファブリックの製造事業をスタートさせました。

1891年10月1日、このメゾンは、「織物貿易の使用のため」に建て??られた建物(23、rue du Mail Paris75002)に移転し、 1950年、同社で働く劇場分野に情熱を注ぐ職人の1人によって、劇場や舞台カーテンの座席に適した最初の耐火ベルベットを開発、および製造をスタートすることになりました。 1960年以降、テクニカルファブリックの範囲が拡大し、社内に特定の部門が開設され、専門家のさまざまな要求に対応した加工生地を提供するようになりました。

ガルニエ宮
ガルニエ宮
ガルニエ宮
ガルニエ宮
ガルニエ宮
ガルニエ宮

2000年、エドモン・プティは、1762年創業の著名なメゾン「アモ」から、生地のオリジナルデザイン版のコレクションを買収し、マドレーヌ・カスタンのコレクションを含む、有名なデザインの数々を生地や壁紙として、もう一度、その美しいフランスの歴史的デザインの数々を蘇らせました。現在、エドモン・プティは、さまざまなデザイン、加工の装飾用ファブリックを提供しており、2015年より、壁紙やパノラマ大のユニークなコレクションの数々を取り扱っています。

マドレーヌ・カスタン
マドレーヌ・カスタン

LA MAISON HAMOT
メゾン 「アモ」

Portrait of Désiré Petit creator of an interior fabric business

ルイ15世の治世中、メゾン「アモ」のクリエーターは、リヨンのシルク工場の最高責任者であり、メゾン「アモ」の創設者であるセギンやミシェルは、パリの織物商人でした。メゾン「アモ」は、一般階級の市民にはお目にかかることができない王室御用達の生地メゾンであり、全ての政権下で、ガルドミューブルの公式生地メゾンの1つでありました。ルイ16世やナポレオン1世の下では、ヴェルサイユ宮殿やチュイルリー宮殿の室内装飾用の生地を担当し、シャルル・ド・ゴール大統領の下では、エリゼ宮や大トリアノン宮殿の内装を担当しました。

2000年にメゾン「アモ」のオーナーが亡くなった後、ジャン=フランソワ・プティは、メゾン「アモ」の生地事業を買収しました。今日、アモコレクションの知名度は、テキスタイルのスペシャリストのみならず、世界中の人々を魅了し続けています。 15世紀から18世紀にかけてのオリジナルデザイン版は、現在でもシルク専用の手織り機で織り続けられており、当時の最も偉大なリヨンの生地メゾンの一流シルクが伝承され続けています。そのオリジナルアーカイブは、現代のインテリアデザインにとって、源となるインスピレーションを与え続けています。

LE STYLE CASTAING
カスタンスタイル

マドレーヌ・カスタンは、ビーダーマイヤーとナポレオン3世、英国摂政時代、ディレクトリの時代をミックスするのが好きでした。彼女の装飾デザインは、それぞれのスタイルが全て際立っていました。彼女は主に新古典派の美学に触発され、それに彼女の個人的なタッチ、つまり純粋なフランスの精神のタッチを加えられ、マドレーヌ・カスタンは、室内装飾家というよりも心理学者であり歴史家であり、クライアントの欲望を吸収し、親密な関係を築いた上で、クライアントに合ったインテリアにデザインしていきました。 「私は他の人が詩を作るように家を作ります」と彼女は繰り返すのが好きでした。マドレーヌカスタンは、オブジェクト、ファブリック、家具、およびそれらの構成を通じて常に物語を語っていました。

Zouari氏宅
Zouari氏宅
レベスの家の入り口にあるロタンダ
レベスの家の入り口にあるロタンダ
パリのワイスワイラー夫人の邸宅
パリのワイスワイラー夫人の邸宅
ヴォボイエン城の食堂
ヴォボイエン城の食堂
ミリラフォレにあるジャンコクトーのオフィス
ミリラフォレにあるジャンコクトーのオフィス
パリのアパートのプレイルーム
パリのアパートのプレイルーム

当時、彼女を囲む有名人には、芸術家ピカソ、画家 アメデオ・モディリアーニ、画家 シャイム・スーティンなどがいました。また、彼女はよく、詩人・小説家ブレーズ・サンドラール、作曲家 エリック・サティ、フランス王国の軍人モーリス・サックス、芸術家ジャン・コクトーなどといった、当時の芸術家や社交界の人々を自宅に招いていました。

彼女の好きな色は、黒、緑。彼女はよく、これらの色は「屋外をインテリアに持ち込むことができるの」と言っていました。そして、彼女の名前から名付けられた有名な「カスタン・ブルー」は、スカイブルーとターコイズのハイブリッドであり、文字通り彼女を象徴するカラーであり、彼女の生涯愛したマルセリンの目の青を表しています。彼女はまた、レオパードのデザインも多く使い、黒に赤や黄色のような強い色を使い合わせることでも有名でした。

カスタン・スタイルは、それ自体が作品となり、フランス装飾の歴史に不可欠なスタイルを作り上げました。彼女がデザインした生地や壁紙は、現在、パリにあります「Musée des Arts Décoratifs(装飾美術館)」のコレクションとして展示されています。